ブルーベリームース
またまたお菓子を作りました。
親がブルーベリー摘みに行ってから、ジャムを作ってくれたので、そのジャムを使ってブルーベリーのムースを作りました。
bluebelly
作ってる途中で、ちょっと酸味が足りないかなと思ってプレーンヨーグルトをほんの少しだけ足したんですが、ちょうどいい感じになってました。
上にトッピングしてある生のブルーベリーも親が摘んできたものです。
大粒のは特に甘くておいしい。
買うとけっこう高いので、こうやってたくさん使えるのは嬉しいですね。
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パンプディング
昨日は弟の誕生日で、私もちょうどお休みだったので、お祝いデザートを作りました。
ルビーグレープフルーツとオレンジのパンプディングです。
panpudding
レシピではオーブンで蒸し焼きにすると書かれてたのですが、うちのオーブンではなぜかプリンが作れない(どんなことをしても絶対固まらないんです)ので、蒸し器で蒸しました。
適切な時間が分からないので、これで緩いのか固いのか分からないんですが、一応、ちゃんと固まってました。
ただ、プリンだけにショートケーキのように切り分けることはできず、ナイフですくって皿に盛り付ける形になりました。
お味はすっぱくて甘くてウマイあっさり味なので今の時期にもぴったりでした。

「怖い絵」展
25日に、兵庫県立美術館の「怖い絵」展を見てきました。
ベストセラーになった本が展覧会になるとあって、友達がお盆に見に行った時はものすごく混んでいたそうです。
今回はさすがに並ぶほどではなかったけど、次から次へと人が来る感じ。

最初のうちは「セイレーン」など、「女が男を喰う」(もちろん魔物とか魔女よ)モチーフが続き、「どんだけドMなんだよ~」とか思っている余裕があったんですが、そのうちに本当に怖いと感じる絵に遭遇しました。
ドガが描いた戦争の絵です。
思わず目を覆いたくなるような虐殺のスケッチに、ドガの激しい憤りが感じられます。
本当に怖いのは魔物ではなく人間です。機会さえ与えられればどこまでも残虐になることができる人間こそが魔物です。
やっぱり、歴史的な出来事など、現実の人間を描いたものが一番身に堪えたなぁ…。
たとえば「レディ・ジェーン・グレイの処刑」。
政治的状況ひとつでこんなに若く美しい娘が処刑されなければならないという哀れさ、運命の残酷さ。
(けれども、ジェーン・グレイ自身は、みずから首を差し伸べる台を探している姿から、必ずしも死を恐れていないように思えます。わずか9日で廃位されたとはいえ、女王として気高く、潔く散っていこうとしているのかもしれません。)
また、「メデュース号の筏」。
(これは模写でした。さすがにルーブル美術館の目立つ所に展示されている本物は無理だったか…)。
ただ見るだけでも辛くなるような絵ですが、描かれた出来事については、「怖い絵」の著者・中野京子さんが様々なところに詳しく書かれているので、その話を思い出しながら見ると、まさに身の毛もよだつ残酷さ。
貴族たちによって筏に打ち捨てられた人々はどんな恐怖の中にいたのか、また、身分が下だというだけで、人間は人間をこんな目に遭わすのかと思うと、本当に怖いです。

「怖い絵」の本はとてもおもしろいため、この展覧会も最初はホラー映画的な興味で見始めましたが(でも私、ホラー見れないんだよね…)、実際に生で見て、人間の心に潜む「悪」ってこんなに恐ろしいものなんだとまざまざ気づかされました。
一番肝心なのは、その「悪」を起こさないようにするにはどうすれば良いか?ということなのかもねぇ…。

P・S  展示されている「ジン横丁」にちなんで、ミュージアムショップにジン(酒)が売られていたんですが、貧困とアルコール中毒を真っ正面から描いたあの絵を見て、これを買う人がいるのだろうか?と思ってしまいました(笑)。
まぁ、実際に売り上げを期待しているというよりは一種の洒落?諧謔?なのかな。
またまた嬉しかったこと
市川右團次さんのブログを読んだときに、「そういえば大阪(関西)での襲名披露っていつになるんだろう?地元だし、絶対やるよね」と思ってたら、松竹座のHPに、来年10月、市川齊入さんとの同時襲名披露との記事が!(数日間見ないうちに、いつの間にかUPされてました(笑))
もう、ホントに嬉しくて感激しました!
関西にゆかりの深いお二人が松竹座で同時にというのも感慨深いです。
市川家は江戸歌舞伎なれど、ここはひとつ、上方の演目もやってもらいたいですね。
新・右近くんは来るのかなぁ~(学校かな)。
夏休み文楽特別公演 第二部
夏の文楽は三部制で、一部が子ども・学生向けの鑑賞教室、二部と三部は名作劇場になっています。
私は二部の「源平布引滝」を見てきました。
去年、歌舞伎でも見たのですが、大好きな演目です。

「義賢館の段」は、義賢の胆力と勇気に感服。
この場面を見るのは初めてなんですが、前半は「○○実ハ△△(○○さんの正体が実は△△さん)」というのがあって、古典らしくて面白い。
そして、義賢と行綱、双方とも勇気と知恵のある男二人の会話のおもしろさ!しびれますね~(それも太夫さんが一人でやってるんだからスゴイ!)。
あと、最初のほうに義賢の娘・待宵姫と奥方(後妻)・葵御前が出てくるのですが、人間以上の柔らかな動きに魅了されました。
後半は妻とも子とも別れ、館に一人残って討ち死にする義賢が悲しくも勇壮。
歌舞伎のような「仏倒れ」などはないですが、壮絶だったな。

続く「竹生島遊覧の段」は琵琶湖に浮かぶ船が出てくる珍しい場面。
家出して義賢の館に仕えている夫を探しに行ったら、夫は実は源氏の武士だったり、いきなり平家が攻め込んできて、義賢に奥方(しかも懐妊中)と源氏の白旗を託されたり、小まん(とその家族)も大変だなと思いますが(いや、大変どころの騒ぎじゃないよ)、男勝りな小まんが命をかけて琵琶湖を泳ぎ渡ろうとする健気さに胸が痛くなります。しかも、白旗を手放さなかったために実盛に腕を切られて死んでしまうんですから、気の毒でしかたありません。
それにしても、豪華な船の上で話が進んでいったり、泳ぐなど動きのある場面のダイナミックさは人形ならではだなと思います(映像というジャンルのなかった江戸時代の人は今以上にそう感じたのではないでしょうか)。

「九郎助住家の段」は、歌舞伎で見た時は実盛が主役だったのですが(なにしろ歌舞伎ではこの場面に「実盛物語」という外題がついてるので…)、文楽では、登場人物が複雑に交錯する中で、それぞれの物語を生きているという感じがしました(後半は明らかに瀬尾十郎が主役だよね)。
実盛は、前の場面で源氏方と知って思わず小まんの手を切り落としてしまったり(彼は元は源氏の家来で、源氏の勢力がほとんどなくなった今は平家の家来)、完璧な人間ではないけど、小まんの息子・太郎吉に申し訳ない、なんとか償いたいという気持ちがあふれていて、通しで見たことによって実盛の人柄がよりよく分かりました。    
太郎吉に武士としての名前を与え、いつか戦場で会いまみえようというのも、一種爽快な、武士らしい解決のしかただと思います。
そして、瀬尾十郎。
最初は憎々しげに見えるこの老人が、若い日に心ならずも捨ててしまった亡き娘・小まんを思い、その息子、つまり自分の孫のために喜んで身を捨てる。そこに涙が止まりませんでした。
この過剰ともいえるほどの愛は、日本の古典、とりわけ文楽ならではのもので、「なんか強引な展開」と思いつつも(笑)泣いてしまう(外国の方から見たらどうなんでしょう?どこかシェイクスピア作品のように思うのかしら?)。
琵琶湖のほとりの民家でおこるドラマチックな物語は、壮大さの中に独特の哀感があって、そこが忘れがたい作品になっていました。