快慶
またまた周回遅れなレポでごめんなさい。
今月4日まで開催していた、奈良国立博物館の「快慶」展を見てきました。
運慶と並び称される仏師・快慶(この二人は兄弟弟子です)。
その作風は端正で、この上なく優雅、静謐。
私が見たいと思っていた僧形八幡神像もそのライン上にあります。
しかし、そればかりかと思うとそうではなく、執金剛神像などはあの時代らしい躍動感があります。
もう一つ、面白かったのは、作風のみではなく誰の発願で仏像をつくったかということ。
快慶も最初の頃は後白河法皇など上流階級の依頼を受けて作っていましたが、しだいに、様々な人々がお金を出し合って依頼した仏像を作っていくようになります。
そうなると、仏像は小さくなり、量産というか数が多くなるんですが、(雑になるというのではなく)仏像の衣の表現などに作風の変化が現れてきます。
たくさん作るうちに「ここはこうした方がいい」とか「仏様の姿をもっと繊細に表現したい」という気持ちになったのかなー(笑)。
そして、発願する人々の変化(というか増加?)は、仏教が上流階級だけのものから庶民へも広がっていった平安末期~鎌倉初期をリアルに感じさせてくれます。
その時代の中に生き、自らも篤い信仰心を持っていた快慶は、人々の心の安らぎのために、あのように静謐な魅力を持つ仏像を作ったのかもしれません。
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マティスとルオー
私は飛び石連休のため、GWの間はどこにも行かないだろうな~と思ってたんですが、あべのハルカス美術館の「マティスとルオー」展に行ってきました(笑)。
ついでに言うと、「出かけるとしても、近くの中華料理屋さんでお得なランチを食べるくらいかな…」と思ってたお店の系列店(天王寺mioにあります)でランチもしてきました。もちろんお得なやつ(笑)。

さてさて、「マティスとルオー」は、1910年代から第二次大戦中・戦後と長きにわたって友情を育み続けた二人の画家の軌跡を、書簡とともにたどる展覧会です。
マティスとルオーはざっくり分けると、二人ともフォーヴィズム(野獣派)に括られると思うのですが、その色遣いや作風はまったく違っています。
そのカギを握るのは、二人の師であったモローの指導(二人は生涯にわたって師を敬愛し続け、折に触れてはモローの話をしていたようです)。
それぞれの個性を大切にするようにと教えたモローの言葉どおり、マティスもルオーも独自の世界を表現しようと試行錯誤を重ね、数々の名作を世に生み出し、また次の時代へも影響を与えました。
そして、その奥にあったのが最晩年に至るまでの二人の友情。
戦中の混乱した時代には、マティスが困窮するルオーに油絵の具の油(亜麻仁油)を送ったりもしたそうです。
また、彼らの芸術は彼ら個人だけで成り立っていたのではなく、周囲の人々の支えや交流あってのものだということも書簡によって分かりました(その中には日本人画商の名前もあります)。
あべのハルカス美術館は、一番最初に行った時、展示のしかたがちょっとミーハーかな…と思ったりしたので、少し心配だったのですが、今回は絵画のみの展示ではなく、書簡を効果的に織り交ぜたことで(書簡の展示のしかたも良かった)、芸術家を一人の人間として捉えることができ、とても感動的だったと思います。
「真田丸」特別展
今、大ブームの大河ドラマ「真田丸」を記念して開かれている特別展を見てきました。
この展覧会は、真田のふるさと長野県上田市をはじめ各地を巡回していますが、大阪の会場である歴史博物館は、信繁が真田丸を築いた大阪城のお膝元、しかもNHK大阪放送局と同じ建物内にあって、「ここでやらなきゃどこでやる」という好立地(笑)。
ちなみに、大阪城周辺も今、「真田丸」一色でした。

さて、展示について。
いったいどのくらいの規模で開催されているのか分からないまま行ったんですが、遺物も文書も思ったよりたくさんあり(しかも何度か入れ替えがあるそうです)、本人が書いたと思われる貴重なものも割とありました。
遺物は矢沢三十郎のものがけっこう多かったかな。
当時の真田の軍隊がどのような感じだったか、少し想像できるようなものもあります。
稲の嫁入り道具と思われるお膳のセットは、さすが家康の養女になっただけに豪華です。
でもやっぱり、今回は文献が面白かった。
読めないのもありますが、説明ではちゃんと活字にしてあるので分かりやすいです。
信繁が姉・村松殿(ドラマでは松)に宛てて書いた手紙は泣かせる…。
北政所様の手紙はずいぶん達筆でした。
あと、原本じゃないけど、江戸時代に書かれた直江状の写しもあって、ドラマでの兼続の朗読を思い出して笑いそうになってしまいました。
このように、真田家の物を中心にしながらも、ドラマ全般に関わるものが色々展示されているのも面白かったです。

来年の大河ドラマは井伊家を描いた「おんな城主 直虎」ですが、近畿圏(彦根?)でも特別展やってくれるかな~。来年も見たいな~。
忍性-救済に捧げた生涯-
休みの日に親と奈良国立博物館の特別展「忍性-救済に捧げた生涯-」を見てきました。
この展覧会は、鎌倉時代の僧で、ハンセン病患者をはじめとする弱者の救済にその生涯をささげた忍性の軌跡をたどり、同時に忍性ゆかりの鎌倉時代の文化財等を展示するものです。
実は私は忍性さんの生まれたところの近くに住んでいます。
十数年前まではほとんど知らなかった忍性さんですが、この展覧会を通して、救済活動のルーツや深い慈悲の心を詳しく知ることができました。
忍性が属した西大寺律宗には、社会的な弱者たちは文殊菩薩の生まれ変わりであるという教えがあり、その生まれ変わりの人々を救済することが信仰そのものでもあったようです。
また、聖徳太子信仰が盛んな土地(現在でもその名残があります)に生まれたことや、「生き仏」と崇拝された行基、苦労を重ねながら日本に戒律を伝えた鑑真和上、生涯の師である叡尊らへの深い尊敬の念が、彼の救済活動を支えていたようです。
しかしながら、彼の印象に峻厳さはなく、後世の人々が忍性の後を慕ってその墓の周りに遺骨を分祠したように、たいへん柔和で、「笑顔のお坊さん」と評されるにふさわしいものであったのだと想像できます。
鎌倉で日蓮と激しく対立したという側面もありますが(往来で口論したこともあったようです)、そこにも、弱者の救済に対する確固たる信念が感じられました。
そして、リアリズムを追求した慶派に代表される鎌倉時代の仏教美術の数々。
仏像も、文書も、よくぞここまで美しく残してくれた…と、まず、そのことに感動しました。
800以上年の時を超えて忍性さんの人生や信仰、優しい心を伝えることができたのも、これらの文化財がちゃんと残されていたからです。
よく「文化財を残していくことは大切だ」と言いますが、その意味もハッキリと分かった気がします(今更かいな)。

帰りに、去年食べたくても食べられなかった(すごい混んでたの)、「おちゃのこ」のかき氷をリベンジしてきました。
13:30くらいに行ったので、ちょうど席が空いててよかった。
kakigoori
私が頼んだのは、ほうじ茶ラテのかき氷です。(母はいちごミルクかき氷、父は擂茶(れいちゃ)のかき氷にしました。)
想像以上にふわっふわで、ほうじ茶の味がしっかりしていて美味しかった。
来年の夏も今年と同じくらいのかき氷人気が予想できますが、また食べられるかな?
信貴山縁起絵巻
昨日、奈良国立博物館で信貴山縁起絵巻を見てきました。
平日だし、そんなに混んでいるとは思わずに行ったら、まさかの大混雑。
入り口は全然混んでいないように見えたんですが、館内で25分待ち、しかも全部で三巻あるんですが、一巻を見たら待機、二巻を見たらまた待機…というハードな鑑賞でした
それでも、めっちゃ面白かった!
私は信貴山の近くに住んでいるので、絵巻の複製とか写真は子供の頃からよく見ていたんですが、実物のほうが線が生き生きしていて断然面白いです。
そして、登場人物の表情の豊かなこと。当然、写真もテレビもない時代のことですから、描いた人はすごい観察力と記憶力、プラス画力の持ち主だと思います。
第一巻には、有名な「飛び倉」のお話(鉢が米倉を運んで飛んでいく話)が描かれているんですが、その飛んできた倉の屋根が第三巻の終わりにちょこっと描かれていて、「ちゃんとオチがついてる!」と思って笑いそうになってしまいました。
主人公の命連上人と姉の尼公(あまぎみ)の感動の再会の後に、倉の屋根を見せちゃうセンス、けっこう好きです(笑)。

帰りに、リニューアルされた「なら仏像館」も寄ってきました。
待ち続けでかなり疲れていたので、あんまりじっくりとは見なかったんですが、興福寺の四天王(そのうち3体が仏像館にあります)などはやっぱり素晴らしいですね。
ここもまたゆっくり見てみたいな。

P・S 博物館の入り口に信貴山名物・張子の虎が置かれていて、思わずウケてしまいました。
しかも、ミュージアムショップでも売られていた!(笑) 
そういえば昔、うちの祖父の家にもあったなー。