秋のパイ3種
父の誕生日プレゼントにパイを作りました。
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上から時計回りに、あずき&栗、かぼちゃ、ブルーベリー。
今まではパイシートを買っていたのですが、初めて生地から作ってみました。
すごく難しいのかと思っていたら、意外と簡単にできてビックリ!
市販のパイシートを使った時に、バターが多すぎるのでは?と思ったことがあったんですが、今回は程よいバターの風味。
生地だけ食べてもけっこういけるんじゃないかと思いました。
中身も、あずきと栗以外は自家製です。
パンプキンペーストは私のお手製。ブルーベリーのジャムは母がちょっと前に作ったものです。
父がかぼちゃを嫌がるかも…と思って、あずきやブルーベリーのパイも作ったんですが、結局、かぼちゃが一番おいしいと言ってました(ちなみに、私がペーストを手作りしていたことは知らなかった)。
あと、作ってから気づいたんですが、3種類並べると何気にハロウィンカラーですね(笑)。
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姫路城!
ついに姫路城天守閣へ登ってきました!
去年も姫路城へは行ったんですが、修復工事が終わったばかりだったので、天守閣の中はまだ公開していなかったんです。

この日は雲一つない見事な秋晴れ。
白亜の天守閣が青空にそびえたっています。
ああ~、白い、白いなあ~!
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(どうでもいいけど、この画像を見ると「暴れん坊将軍」を思い出す…)

人が多いだろうな~と予想はしていたんですが、やっぱり多かった(笑)。平日ですが、世界各国からお客さんが来ているので満員です。
天守閣へは30分待ちということでしたが、10分ほど待っただけで入れました。
待っている間に小天守の裏側の写真を。
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亡くなられた歌舞伎俳優・坂東三津五郎さんのお城の本に載っていたんですが、屋根の下のちょっと出っ張った部分は「石落とし」と言って、ここから攻め込んできた敵に石を落としたり、煮えたぎった油などをかけて撃退します。
天守閣に行くまでにも様々な防御や攻撃のポイントがあって、私が足軽だったら、たぶん最初の「菱の門」の上から矢か鉄砲で討たれておしまいだろうなと思ってしまいました(笑)。
そして、天守閣へ。
3階くらいから武具掛けが出てきます。
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武器庫として使われていたのでしょうか。

当たり前といえば当たり前なんですが、天守閣の中にいる時は外壁の白さはまったく分かりません(笑)。
ついでにいうと、今どの辺(何階)にいるのかもまったく分かりません。
かろうじてわかるのは、窓から何か目印になるものが見える時です。
4階付近では小天守の華頭窓(かとうまど)が見えます。
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それにしても、この天守閣、階段がものすごく急で、段と段の間の幅もすごいです。
あまりの急さに、下り用の階段には滑り止めが貼ってあったりします。
実際に戦いに使った形跡はないのですが、ここを鎧武者が上り下りするとなると大変だなあ。

だいぶ上まで登ってきました。
これは4階か5階くらいから見た景色だと思います。
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縄張りの塀の曲線が美しいです。
そして、しゃちほこです。
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そういえば、しゃちほこの顔って真っ正面から見る機会はあまりないですね。
ちなみに、正面の窓からはこの景色です。
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あぁ~、よう見えるわ~(笑)。いい天気でよかった。

ここからさらに登っていって、最上階には刑部(おさかべ)大明神というお社があります(参拝の人がたくさん写ってしまうので写真は撮りませんでした)。
このお社の別名は「富姫明神」。「富姫」は泉鏡花の小説から劇化された「天守物語」に出てきますね。
また、刑部大明神は昨年上演された新作歌舞伎「幻武蔵」で尾上松也さんが演じていました。

急な階段を下りてようやく下へ。
あまりにも段差がすごかったので、天守閣を出て普通の段差の階段を降りると脚がガクガクして変な感じ。
帰り道でちょっとした足止めを食らいましたが、実は、あるものを撮影中とのこと(撮影の様子は見えませんでした)。
何なのかは話していいか分からないので、時期が来たらブログに書きます。

最後は、下から見た天守閣です。
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運よく天守閣までたどり着けたとしても、こんなに窓や石落としがあったら、いっぱい攻撃されて絶対かなわないでしょう。

私がお城の魅力を知り、お城の知識を得たのは、三津五郎さんの本からがほとんどです。
お城を愛した三津五郎さんが、いつも天国からお城を見守っているような気がするので、姫路城に来たら「三津五郎さん、来ましたよ」と言いたいと思っていたんですが、三津五郎さんがたくさんのお城の知識を教えてくれて、今、こうやってお城を楽しむことができているので、「三津五郎さん、ありがとう」と言いたくなりました。
「琳派 京(みやこ)を彩る」
芸術の秋です。
京都国立博物館で特別展「琳派 京(みやこ)を彩る」を見てきました。
ずっと前に「風神雷神図」が展示された時、最大で2時間待ちだったと聞いていたので、今回はどのくらい時間がかかるのか…と心配してましたが、平日ということもあって待ち時間なしで入れました。でもやっぱり人が多かったなー。

さて、「琳派」ですが、今回自分なりに思ったことをまとめてみますと、3つのキーワードが浮かんできました。

①美意識とアイディア
そもそもの琳派のはじまりは、本阿弥光悦と俵屋宗達です(「琳派」は尾形光琳の「琳」の字からそう呼ばれていますので、そのころは「琳派」とはいわなかったけど)。
光悦の、深い教養に裏打ちされた美意識と大胆なアイディアが両輪となり、「琳派」という車が動き出したのです。
いかにすぐれた美意識があったとしても、「自分はこうしたい」というアイディアがなければ琳派のオリジナリティは生まれなかったし、教養や美的感覚がなければ、大胆さの中に品を醸し出すことはできなかったでしょう。
そして、光悦の芸術の一番の体現者は俵屋宗達。
宗達の人生には不明な点が多く(光悦の姉もしくは従姉妹と結婚したという説もあります)、後世の写楽と共に「謎の画家」と呼ばれていますが、彼の人生を知らなくても、その芸術性が最高のものだというのは一目瞭然。
光悦書・宗達下絵による「三十六歌仙和歌巻」等の料紙のデザインは、シンプルで大胆。現代的ですらあるのですが、そこに得も言われぬ優美さとはんなりした空気があり、しかも文字を邪魔しない。光悦との絶妙のコンビネーションを感じさせます。
時代が下った後も、アイディアを生かす琳派の精神は生きており、尾形乾山が作った陶器にそれがよく表れています。
乾山は兄の光琳ほど絵が上手いわけではありませんが、どこか単純化された絵柄は陶磁器にぴったり。
しかも、単純化されているから面白いアイディアが生まれやすいということも見えてきました。

②大胆にして繊細
琳派といえば、いかにも安土桃山~江戸時代初期らしい絢爛さと自由さが印象的ですが、よく見ると、宗達も光琳も、描くものによって一つの絵の中でも筆の線の太さを変えているんです。
たとえば、波。実際にはあり得ないような形で大胆に描いているかと思えば、波を描く線は細く繊細(どうやって書いたのかと思うくらい)。
宗達の代表作「風神雷神図」でも、人体を正確に描いているわけではないのに(まあ…風神と雷神は人間じゃないけど(笑)、不思議なリアリティがあり、風神の脚に、めちゃめちゃ一生懸命走っている状態を感じました。雲の向こうから全速力で駆けてくる、まさに突風ですね。
これは実物を見て初めて気づきました。実際に見てみなければ分からないことってたくさんありますね~。

③「美しいもの」への限りない憧れ
琳派はまとまった流派ではなく、私淑によって「点」でつながっているものなので、題材は多岐にわたりますが、共通するのはみな美しいものに憧れているという点。
しかも、それは一般的に綺麗と思われているものだけではなく、実用的な動物だった牛や、田植えする人の姿など、日常的なものにも及びます(「たらし込み」という手法で描かれた黒い牛の絵には、牛の毛並みのツヤの美しさが上手にあらわされています)。
そして、最初に書いた「私淑」。光琳は宗達に憧れ、抱一は光琳に憧れ…というふうに、先人の描いたものの美しさに憧れを持ち、自分の絵にその美意識を反映させています。
さらに、時代を経るにしたがって、絵の具の質も向上し、更に鮮やかなものを描くことができるようになっています。
そして、現代でもなお、それらの作品群は少しも古びることなく、心躍るものであり続けています。
琳派は描く人と見る人の「憧れ」によって命脈を保ってきたといえるでしょう。

P・S この前ゆっくり見られなかった常設展も見るぞ~!と思って行ったら、今回はいつもの常設展の会場(平成知新館)で琳派展をやっていたのでお休みでした…えーん!
レモンバターソース
秋になると母がよく鮭のムニエルを作ってくれるんですが、いつもポン酢かレモン、よくてキノコを塩コショウで炒めたものをかけるだけで、味がワンパターンだったので、テレビで見たレモンバターソースを作ってみました。
ムニエルを焼いた後のフライパンにバターを溶かしてレモン汁を絞り、パセリと塩コショウ少々を足すだけ。
超簡単なんですが、めっちゃ美味しかった。ありがとう速水もこみちくん(のクッキングコーナー)。
ホタテの貝柱やサワラのムニエルにかけても美味しいかも。
今日は画像なくてごめんね。
歌舞伎NEXT「阿弖流為」
ずっと楽しみにしていた歌舞伎NEXT「阿弖流為」を見てきました。
めっちゃ感動した~!
蝦夷と大和、人と人、そして人と神、その関わり合いにどんな結末が待っているのか、最後まで息をもつかせぬ展開にドキドキ。
そして、戦とは何か?平和とは何か?友情とは何か?誇りとは何か?それを問いかけるかのような作品だったと思います。
大和の人間は「蝦夷は鬼だ」と言いますが、都に隠れ住んでいた阿弖流為とすれ違っても、誰も彼が蝦夷だとは気付かない。
住むところや文化が違うというだけで相手を蔑むことがいかに無意味か、ごく自然に理解できた気がします。

江戸時代からの伝統的な歌舞伎の登場人物も、心に持っている思いはやたら濃いですが、この「阿弖流為」はまた違う方向に思いが濃いと思います。
江戸時代の歌舞伎は主に「義」と「情」にかける思いが濃く、この作品ではもっと現代的な「人間としての生き方」に対する思いが濃い。
そして、どっちであっても、その濃さに魅せられる。そこが歌舞伎だなあと感じました。

染五郎さんの阿弖流為、勘九郎さんの坂上田村麻呂、ホントにカッコイイ!!
蝦夷と大和の対立が激化し、大和がどんな酷い手を用いても、また、都に連れてこられた阿弖流為が大暴れしても、それぞれの武人としての清々しさ(なんだか、「我が愛は山の彼方に」の秀民とチャムガを思い出しました)と二人の清らかな友情は変わらない。
それだからこそ、田村麻呂が星空を見上げ、その片隅に阿弖流為と鈴鹿が微笑んでいるラストシーンが切なくも美しく、まるで心が洗われるようでした。
七之助さんの立烏帽子と鈴鹿(最初のあたりは立烏帽子=鈴鹿だったはずなのに、途中からもう一人鈴鹿が!一瞬頭が混乱しましたが、ここはうまいこと作ってありますね)。正反対の役で、ギャップが面白かった。
しかし、それだけでは終わらない!七之助さんはスケールが大きく、殊に最後のシーンは、女性ではない女形だからこそ出せる魅力があったと思います。
阿弖流為とは対照的な蛮甲(片岡亀蔵さん)の姿にも、深い感慨がありました。
蛮甲にとっての戦いは、勝ち負けではなく、どうやって生き永らえるか。
そのためには大和についたり、蝦夷に戻ったり、また大和に行ったり…。
卑怯だ、変節だと言うのは簡単ですが、意地や誇りだけでは戦の時代を生き延びられない…そう思わざるを得なくなった彼の境遇に哀しみを感じました。
彌十郎さんの藤原稀継。この「阿弖流為」のベースとなった劇団☆新感線の「アテルイ」には登場しない、今回のオリジナルだそうです。
えー!マジで?!この人が行動しなきゃ話が成り立たないほど重要なんですが。
最初は立派な人格者そのものなのに、途中でいきなり本性を見せます。
周囲から「えっ!」という声が聞こえてくるほどの変貌ぶりに私もオドロキやはり、彌十郎さんはさすがです。
また、舞台全体を包み込むかのような存在感に、先立った勘三郎さん・三津五郎さんの分も若手たちを見守っていくという意気込みを感じました。
蝦夷の母礼族の巫女・阿毛斗の新悟さんが美しい。
戦うシーンについて、番付には「ちゃんと女性が戦っているように見えるか」と心配そうなご本人のコメントが載っていたんですが、体の動かし方や姿勢などに、女性のしなやかさと凛とした雰囲気が感じられました。  
飛連通(大谷廣太郎さん)と翔連通(中村鶴松さん)、途中で田村麻呂を裏切ったのに、後でまたちゃんと味方についていて「?」となったんですが、あの裏切りは稀継に騙されてやったってことなのかな?
それにしても鶴松くん、初めて見た時はまだ中学1年生くらいだったんですが、すっかり大人になって精悍になりましたね~。
廣太郎さんは何気ないところでも刀の構え方がかっこいいです。
「あらしのよるに」に引き続き、二カ月連続で新作歌舞伎に登場されている萬次郎さんと橘太郎さん。
橘太郎さんの佐渡馬黒縄はものすごく悪役然とした化粧で出てくるのですが、実態は意外と小悪党(笑)。そこがなかなか面白かったです。
また、ご本人もそういったキャラクターを楽しんで工夫しているように見えました。
萬次郎さんの御霊御前、さすが!!
国のためなら弟さえも犠牲にするという、ブッ飛んだことも、萬次郎さんの演技力なら説得力があります。
やはり萬次郎さんのようなベテランが入るとリアリティが断然増してきますね。
そして、何とも凄絶な美しさ!女形ってここまでできるんだ、スゴイ!

そうそう、開演前、このようなものが客席に置かれていました。
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このライトで、最後には客席全員で星空になります!
ラストに田村麻呂が客席の星空を眺めているのを感じて、まるでお芝居の中に入り込んでしまったような、劇場全体が一つの世界になったような、不思議な感覚にとらわれました。

先月の南座の「あらしのよるに」、そしてこの「阿弖流為」と、立て続けに新しく創造された歌舞伎を見ましたが、やはり古典と新作は断絶しているものではなく、続いているものなんだと実感。
花形世代の意欲は、一時のあだ花ではなく、ちゃんと歌舞伎の未来につながっていく気がします。
そして、猿翁さんが作られたスーパー歌舞伎の影響の大きさも感じました(スーパー歌舞伎もまた、一時のあだ花ではなく、確実に歌舞伎の歴史の一部、歌舞伎の血肉になっていますね)。
もちろん、表現はそれぞれ違っているところがありますが、幼い日にスーパー歌舞伎に衝撃を受けた花形世代が、それを自分の糧とし、更に新しいものに進化させていく。今、ちょうどその真っ最中なんだなと思います。
そして、それを目の当たりにする楽しさは格別です!
ちょうど、四代目猿之助さんのスーパー歌舞伎Ⅱ「ワンピース」も幕を開けました。
花形世代が競い合い、さらに進化した歌舞伎が生まれる瞬間を、これからもどんどん楽しんでいきたいと思います。

P・S 開演前にも休憩中にも流れている賑やかなお囃子。「ん?祭り?」と思ってたら、お芝居のラストにお囃子の方々とねぶたの山車(本物ではなくセットですが)も登場しました。
ねぶたはきっと、儚く散った蝦夷たちへの鎮魂の祭りなのでしょう。