七月大歌舞伎
浪速の夏の風物詩、七月大歌舞伎が今年も始まりました。
三月の南座に引き続き、又五郎さん、歌昇さんの襲名披露です。
船乗り込みは残念ながら行けなかったのですが(来年は行きたいなー)、観劇した日は、初日があいて初めての日曜日。お客さんの熱気がすごい。いかに大勢の人がこの襲名披露と夏の歌舞伎を楽しみにしていたかが分かります。
今回は夜の部に行ったのですが、開演30分ほど前に着いたら、昼の部の切狂言がまだ終わってなかった!
結局、夜の部の開場時間も遅くなったので、番附を買ってトイレに行ったらすぐ始まるというあわただしさでしたが(大道具さんや劇場スタッフの皆さんはさぞ忙しかったでしょう)、今回は飽きるところが全然なく、盛り沢山すぎなくらい盛り沢山で楽しかったです。

まずは「義経千本桜」から「渡海屋」「大物浦」。
正体を隠して生き延びる平知盛と安徳天皇、その乳母の典侍の局ら平家の残党と、頼朝に疎まれてさまよう義経一行が交差する、サスペンスな「渡海屋」。
当然、フィクションだと分かっているんですが、「義経一行に正体ばれるんじゃないか」とハラハラします(そこがおもしろいんだよね)。
しかし、今は義経も追われる身。かつて敵であった者同士が、今は同じ苦しみを味わっているというのも、「渡海屋」および「大物浦」に哀感をもたらす大きなポイントだなと思いました。
渡海屋の主・銀平は、いかにも吉右衛門さんらしい磊落さですが、本当の姿は(根本には安徳天皇への忠義があるとはいえ)源氏への恨みに凝り固まった知盛。装束を改めた時に心持もガラリと変わるのですが、それでいてまったくの別人にはならないところがさすがです。
そして、負けたあと、「昨日の敵は今日の味方」と義経に帝を託して入水するところに、先ほど書いた哀感が漂い、胸がしめつけられました。
典侍の局・魁春さんは王朝装束が似合っていて品があります。
状況を聞いたり説明したりするためにいろいろ喋っていても、不思議と静かな気韻を感じました。そういうところで天皇の乳母という位の高さを表しているのだなーと思います。
しかし、泣くところは人間としての彼女の感情が感じられ、こちらも思わずもらい泣きしてしまいました。
それにしても、いくら中の人が男性だといっても、あの重い衣装を着けて、子役(安徳天皇役)を抱き上げて歩き回るのは大変でしょうねー。
いつもは子役が出てくると、ほほえましさについつい笑みが漏れてしまうのですが、今回の安徳天皇は、歌舞伎の子役独特の抑揚のないセリフ回し(「こーれー、乳ー母ー」みたいな)が却って無邪気に聞こえ、悲劇的な状況との対比がとても悲しくて、思わず涙してしまいました。
もうさっきから場面転換を無視してサクサクと話を進めちゃってますが(笑)、「大物浦」は、サスペンスを感じさせる「渡海屋」から一転して、勇壮ながら悲劇的な場面。
梅玉さん(大阪でのお芝居はかなり久しぶりなのでは?私は生で見るのは初めてです)の義経は、気高く度量の広い義経。魁春さんとはご兄弟なのですが、漂う気品が似ていると思いました。
義経の四天王は、ベテランの桂三さん以外は播磨屋・萬屋の若者たち。
三月も四月(見てないけど)も今月も四天王で、しかもその中で違う役をやってる人もいるので、もう誰が亀井で誰が駿河かという感じで、頭がこんがらかってしまうのですが(笑)、梅玉さん達にしっかりついていって頑張っているなと思いました。
桂三さんは尾上松也さんの叔父さんで、風貌がどことなく似ているので「松也さんも30年くらいしたらこんな感じかな?」と思ってしまいました。
相模五郎と入江丹蔵は面白いですね。いつもカッコいい錦之助さんがこういう役もやるんだなーと思ってたら、大物浦では悲劇的で胸が痛みます(いつまでたっても歌舞伎初心者で申し訳ないんですが、このギャップへの驚きは初心者の特権ですよね(笑))。歌昇さんも敵の武将を道連れに入水するという大きなお役をいただいて、三月よりひとまわり成長した気がします。

「口上」を見るのも初めて(二年前の七月大歌舞伎で、口上めいたものは見ましたが)。
出る前に内容を考えたりするとはいえ、皆さんよくあんなに淀みなく喋れるもんだと驚いてしまいました。さすが役者さんです。
夜の部のお芝居に出ていない方も口上には出ていて、豪華な感じがします(大好きな進之介さんや孝太郎さんも見れてよかった)。
吉右衛門さんは相変わらず面白い方で、入水した知盛にちなんで「ただ今、海から上がってまいりました」との挨拶に笑いが起きていました。我當さんと二人、「では、我當のお兄さん、よろしくお願いします」「こちらこそ」と頭を下げあっているのはとても微笑ましく、二人ともオジサマなんだけどなんだか可愛いなぁと思ってしまいました。
一人ずつの内容は、うろ覚えなところもあるので割愛して、印象に残ったのは最年少の種之助さん。襲名したお父さん・お兄さんのことに続いて自分への激励があったときに、あくまでも二人を立てて控えめに、でも丁寧にお辞儀をする姿に胸が熱くなりました。すごく素敵な子だなー。まだ十代の若さながら、とても真面目できちんとした青年という印象ですね。

そして、又五郎さんの襲名披露狂言となる「道行初音旅」。
何年か前に「鳥居前」を見て、先ほど「渡海屋」「大物浦」を見、そしてこの「道行初音旅」を見て、私の頭の中で「義経千本桜」がだんだん繋がってきました(笑)。
ちょっと前に海老蔵さん主演で半通しを2パターンやったとき(残念ながら見れなかったのですが)、先に通しで見たほうが良かったかも…と思ったこともありますが、こうやってバラバラで見た後、通しを見るというのもいいかもしれないですね。また次どなたかやって下さい(笑)。
さて「道行…」。
一月の奉納舞の時も又五郎さんの舞に感動しましたが、今回の忠信もすばらしいですね!
単に踊りが上手いというだけでなく感情表現もさすがで、初音の鼓を手にする時はなんともいえない悲しげな表情を浮かべ、鼓にされてしまった両親への恋しさを募らせる子狐の心情が手に取るようにわかりました。
もちろん忠信はキリリとかっこよく、藤太をあしらい、静御前を守護し、浄瑠璃のところでは表現力豊かに、素敵なヒーロー像を作っていたと思います。
静は芝雀さん。さすがにこしらえが似合っていて美しく、白拍子の出ながら名高い武将の側室という気高さを感じました。
藤太は仁左衛門さん。先ほどの口上で「天下の二枚目」と吉右衛門さんに言われていた仁左衛門さんですが(ご本人は「いやいや、そんな~」という感じで片手をパタパタ振って照れておられました(笑))、この藤太は三枚目(しかも今回で3度目らしい!)。ただカッコいいだけではなく愛嬌のある方なので、ほんわかとしたムードが漂い、しかも3度目らしい自由自在感が場面を盛り上げていたと思います。
役者づくしは面白かった~!あちこちから笑い声が上がっていました。
花四天もコミカルなセリフがあって楽しかったです。大勢で声をそろえて生真面目に言うからよけい面白いんだよね~。

切は2年前の団菊祭で見たいと思っていたものの見逃した「天紛上野初花」。
染五郎さん初役の河内山です。
叔父・吉右衛門さんに習ったそうですが、声や表情がそっくりで(この前の週の「花鳥風月堂」が吉右衛門さんの河内山でした)驚いてしまうほどでした。叔父と甥だから似るのは当然かもしれませんが。
それでも、正体がばれてから後、若く勢いのある啖呵に染五郎さんらしさがあったように思います。
閑話休題。常日頃から、染五郎さんも含めていろんな役者さんが「関西のお客さんはノリが良い」と言われていますが、私は主に関西での舞台ばかり見ているので、ほかと比べてどういうふうにノリが良いのかイマイチ分かってなかったんです。でも、今回、河内山が「山吹の…」と言ったとたんにドッと笑いが起きた時や、袱紗を上げて中のお金を覗こうとした瞬間に時計が鳴った時、河内山と一緒に客席もハッとなり、その後「あーびっくりした」とでも言うような吐息が聞こえてきた時に「あ、こういうことかなー」と感じるものがありました。
後者なんかはまさに役者と客席が一体化していて、染五郎さんが関西をこよなく愛する理由もそのあたりにあるのかも…と思いました。
河内山の染五郎さんもまだお若いのですが、周りを固めるメンバーも花形歌舞伎といっていいほどの若さ。
とくに、主要な役を演じた歌昇さん、米吉さん、隼人さんの3人は平成生まれ!目にも鮮やかなほどのフレッシュさです。
でもその若さがマイナスにならず、むしろその年齢で演じるがゆえの面白さを感じました。
歌昇さんの松江出雲守は、欲しいものはすべて手に入ってきたがゆえに超ワガママに育ってしまったお坊っちゃんという感じ。妾になるのを断った浪路を手打ちにするとか言ってたのに、どうしても家に帰すのはイヤだと言ってるあたり、欲しいものが手に入らないので意地になって駄々をこねているんだなーと思ってしまいました(笑)。
「若くて未熟だけど特権階級の意識だけは一人前にある殿のお守もしんどいよねー」とご家老(錦之助さん)を慰めてあげたくなります(笑)。
その殿に見初められてしまった腰元・浪路の米吉さんは、二月の「伏見の富くじ」でも可憐さに見とれましたが、今回もはんなりとした美少女でした(元は上方の役者であった播磨屋の血を一番感じさせるのは、同世代の親類の中ではおそらくこの人だろうなと思います)。独特の透き通るような声も可愛らしい。これなら殿だって見初めちゃうだろうと妙に納得です。
余談ですが、殿に見初められたとしても、基本的にお断りはしても良いそうです。「殿の側女候補」という役割はなくなっちゃうので暇は取らなきゃいけないらしいですが。
殿を止めようとする近習頭・宮崎数馬の隼人さん。この人はホントにもう、ほれぼれするような美男子なのですが(松竹の歌舞伎サイト「歌舞伎美人」の特集ページを見ていたときに、あまりに綺麗な顔立ちでこちらが恥ずかしくなってしまい、思わずページを閉じてしまったことがあります(笑))、若さゆえの清らかさが、まだ世知に長けていない雰囲気につながり(そこを北村大膳につけ込まれてるし…)、「扇子料」の名目でお金を差し出すところも、真面目一辺倒な数馬がこんなものを自分の気働きで用意できるはずがなく、ご家老から言われたままに差し出しているんだろうなと感じました。
もう少し年嵩の人がやると自分で用意したように見えると思いますが、これはどっちが正解とかいうのではなく(ホントは正解があるかもしれませんが…)、「この人だからそう見える」というのが面白いと思います。
そうなると今度は、酸いも甘いもかみ分けた家老の存在が最後の場面にクローズアップされ、「もしかして、河内山の顔を見た時から正体に気づいてた?」と推理できる面白さもあります。
でも、結局、善人も悪人も河内山に嘲笑されている。
河内山が嘲笑することで、「どっちもどっちでしょ」って感じが観客に伝わってきます。
あの名セリフの「ばーかーめー!」は、すっかりだまされてしまう松江候もバカだし、ワガママな殿を甘やかしているのもバカ、できもしないのに得意顔で正体をばらしてとっちめようとするのもバカ、穏便に済ますために金を出してしまうのもバカといったいろんな意味が含まれていると思いました。
私も普段、上を見たらキリがないと思いつつも上をうらやみ、あくせく生きているんですが、河内山は悪党ながらそういったせせこましいものを笑い飛ばしてくれるようでスカッとしました。

P・S めちゃめちゃ余談ですが、この日食べたお弁当はデパ地下の鶏料理のお店で買った「照り焼き弁当」。さすがに焼き鶏をメインで売られているだけあって香ばしくておいしかったです!
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