遊びをせんとや生まれけむ
23日で今年の大河ドラマ「平清盛」が終了しました。
この一年間、画面が汚いと言われようとも、低視聴率だと言われようとも、毎週見続け(たまに録画をまとめて見た時もあったけど)、気がつけば、清盛関連で2度までも神戸に足を運んでいました。
重盛役の窪田正孝くんに注目した(ぶっちゃけ、このドラマを見るまでは、演技は上手いけどいい子ちゃん的なイメージで、それほど関心をもっていなかったのですが、今回、色気も含めて、ガラッと印象が変わりました!)ということもありますが、根本的にはやっぱり、私はこのドラマそのものに惚れていたんだと思います(ブログを読み返してみると、3月くらいからその兆候がじわじわと現れているんですよね(笑))。

清盛が権力を握る前の時代、つまり院政期は、今までほとんどドラマ化されなかった時代なのですが、それを真正面から描いたところも、このドラマが好きな理由の一つかもしれません。
私は永井路子さんの本の愛読者なので、その時代の人物に多少は馴染みがありましたが、今まで文字という形でしか出会えなかった人々が、画面の中で立ち上がり、歩き、笑い、怒り、泣き、憎み、愛する…。それを見るだけでもぞくぞくするような楽しさがありました。
特に悪左府・藤原頼長が初めて画面に登場した時の興奮は忘れることができません。
山本耕史くんも「これぞ悪左府!」といえる怪演でしたね。

そして、やはり何よりも、このドラマ全体の世界観が好きなのだと思います。
作品のコンセプト、脚本、演出、キャスティング、人物をはじめとするすべてのデザイン、時代考証、演技、その他色々な要素をトータルしてできた、このドラマにしかない持ち味が、どっか私のツボにハマッた気がします。
場面の展開など、完璧ではない部分もありましたが、そういうとこも含めて好きだなーと思います(やっぱ惚れてんだよね(笑))。

最終回は、低視聴率の影響か(泣)、拡大放送なしの45分間で、駆け足ではありましたが、ちゃんと第一話と話がつながっているのが面白かったです。
そして、細かく見ていくと、第一話だけではなく、いろんな回としっかりつながっている!
たとえば、頼朝が西行に乗り移った清盛の霊魂と対峙するシーンは、流罪になる直前の少年頼朝と清盛の対峙シーンとつながっているんですよね。
少年期は清盛の強さにただただ怯えるだけだった頼朝が、ここで初めて清盛に反論している。
そして、清盛は「このクソガキ」と思いながらも、彼の成長に、かつての友であった義朝の姿を思い出している…。
こういういろんなつながりによって、清盛たちが目指した「武士の世」とは何かが浮かび上がってくる気がしました。
「武士の世」というテーマもですが、もっと根本にある「遊びをせんとや生まれけむ」というテーマも、やはりすべての回を通してつながっていたと思います。
ラストシーンで「無頼の高平太」に戻った清盛は、産みの母・舞子の言葉どおり「子どもが遊ぶような」表情をしていて、「この人は無意識のうちに『遊び』をまっとうして生き、死んだのだ」と感じました。
そして、彼と一蓮托生だった平家の一門も、滅ぶことにはなってしまったけれど、真剣に「遊び」、生きたことに偽りはないなと思いました。

なんだか、まとまりのない文章になってしまいましたが、「平清盛」を見られたことは私の中で一つの財産になったなーと思います。
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