「利休にたずねよ」
心身ともになんかちょっと調子が悪いんですが(まあ、たいしたことじゃないですけど)、映画「利休にたずねよ」を見てきました。

繰り返し投げかけられる「利休が求めた美とは何か」という疑問。
その鍵は若き日の想いにあった…という仮説にもとづいて物語は綴られます。
詳しいネタバレはできませんが、彼の「美」とは、まっすぐ「死」へと向かうものだったのではないか?と私は思いました。
それは、あまりにも哀しすぎるがために峻厳にならざるを得ないもの、しかし、絶望の淵にいる人間に不思議な「静けさ(閑)」をもたらすものであるとも思いました。
そして、今現在の茶道は、発展していく過程で洗練されすぎてしまったのかもなぁ…とさえ思ってしまいました。
利休が見つめていたのは、「名物」と呼ばれる道具の価値でもなく、点前の良し悪しでもなく、ひょっとすると、もてなしでもなく、死に向かい合った己の心ひとつだったのではないかという気さえします。
もちろん、この映画は史実ではないと思いますが、あまりにも異例であった茶頭・利休の切腹を考えると、どんな理由にせよ彼が「美」の方向を「死」に向けていったことはじゅうぶん考えられます。
そうだとすると、これはむやみにたどり着けない美意識だなあ…。
いや、むしろ、普通に生きていく人間はたどり着かないほうがいい境地なのかも。

P・S この映画は、今年2月に亡くなった団十郎さんの遺作でもあります。
撮影された頃にはかなり体調が悪かったそうですが、生きて、歩いて、話している姿を見て涙が出そうになってしまいました…。
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