夜への長い旅路
久方ぶりに、宝塚でも歌舞伎でもミュージカルでもない、ストレートプレイを見てきました。
しかも、場所は大阪におけるミュージカルの中心地・梅田芸術劇場シアタードラマシティ。
私にとって、ドラマシティはまるで宝塚の出張所のような劇場なんですが、今回ばかりは雰囲気が違いました。
わずか3週間前、同じ場所で華やかな宝塚のコンサートをやっていたとは思えないほど、張りつめた空気に包まれています。
キャストも、麻実れいさん、益岡徹さん、田中圭くん、満島真之介くんという、華やかな4人が登場しますが、決して楽しい作品とは言えません。重いです。ひたすら重いです。
でも、見てよかった。
いろいろ考えさせられる…というより、見ていくうちに、普段は考えない「家族」について、「愛情」について、自然にいろいろ思わされる、思わずにはいられなくなる作品でした。

「家族という病」という本が流行っているようですが、ここに出てくるタイロン家は「病」そのものです。
母は病気の治療でモルヒネを処方されたために麻薬中毒。その傍らで気を抜くことができない三人…父は衣食住に対して極端な倹約をするのに、土地を買うことに関しては浪費をやめられず、上の息子は働かず酒びたり、下の息子は結核になっても酒をやめられない。
一見すると、この家族はきわめて特殊なように見えます。
しかし、彼らの言葉を聞き、喧嘩を見ていくうちに、この家族はどこにでもある家族とそんなに変わらない気がしました。
もちろん、私の家族も例外ではありません(私はどうも、自分が長男ジェイミーであるような気がして仕方がありません)。
タイロン家のような大きな崩壊はありませんが、すぐ忘れてしまうほどの小さな崩壊なら、どこの家庭にも山ほどあると思います。
そもそも、絵にかいたような理想的な家族なんてホントは一つもないのでは?とさえ思ってしまうほど。
でも、完全に崩壊しそうで崩壊しないのも家族なのではないでしょうか。
「病」を「病」のまま放置していても、どうにかやっていってる存在。
歪んでいたり、傷がついていたり、バラバラになっていたり…完全に「円満」などとはいえないけど、あちこち凹凸をこしらえながら、その凹凸を共有してしまっている存在。
それが家族なのでは?と思いました。

今回は上演の後にアフタートークがありました。
お芝居の時とはテンポが違っていて、笑いがあふれるような、ちょっとボケボケしたところもあって面白かったです。
そして、この4人が本当に家族のように見えました(あ、もちろん、「病」がそんなに重篤でない家族ですよ!)。

P・S あと、なんだか「カラマーゾフの兄弟」が見たくなりました。
しかも、ほぼ原作どおりに、重苦しく、逃げられないような雰囲気で…。
カラマーゾフ家は男だけの家族なので、上演するとなると、麻実さんは出られなくなってしまうけど…って、男役で出ればいいんだよね!(笑)
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