「琳派 京(みやこ)を彩る」
芸術の秋です。
京都国立博物館で特別展「琳派 京(みやこ)を彩る」を見てきました。
ずっと前に「風神雷神図」が展示された時、最大で2時間待ちだったと聞いていたので、今回はどのくらい時間がかかるのか…と心配してましたが、平日ということもあって待ち時間なしで入れました。でもやっぱり人が多かったなー。

さて、「琳派」ですが、今回自分なりに思ったことをまとめてみますと、3つのキーワードが浮かんできました。

①美意識とアイディア
そもそもの琳派のはじまりは、本阿弥光悦と俵屋宗達です(「琳派」は尾形光琳の「琳」の字からそう呼ばれていますので、そのころは「琳派」とはいわなかったけど)。
光悦の、深い教養に裏打ちされた美意識と大胆なアイディアが両輪となり、「琳派」という車が動き出したのです。
いかにすぐれた美意識があったとしても、「自分はこうしたい」というアイディアがなければ琳派のオリジナリティは生まれなかったし、教養や美的感覚がなければ、大胆さの中に品を醸し出すことはできなかったでしょう。
そして、光悦の芸術の一番の体現者は俵屋宗達。
宗達の人生には不明な点が多く(光悦の姉もしくは従姉妹と結婚したという説もあります)、後世の写楽と共に「謎の画家」と呼ばれていますが、彼の人生を知らなくても、その芸術性が最高のものだというのは一目瞭然。
光悦書・宗達下絵による「三十六歌仙和歌巻」等の料紙のデザインは、シンプルで大胆。現代的ですらあるのですが、そこに得も言われぬ優美さとはんなりした空気があり、しかも文字を邪魔しない。光悦との絶妙のコンビネーションを感じさせます。
時代が下った後も、アイディアを生かす琳派の精神は生きており、尾形乾山が作った陶器にそれがよく表れています。
乾山は兄の光琳ほど絵が上手いわけではありませんが、どこか単純化された絵柄は陶磁器にぴったり。
しかも、単純化されているから面白いアイディアが生まれやすいということも見えてきました。

②大胆にして繊細
琳派といえば、いかにも安土桃山~江戸時代初期らしい絢爛さと自由さが印象的ですが、よく見ると、宗達も光琳も、描くものによって一つの絵の中でも筆の線の太さを変えているんです。
たとえば、波。実際にはあり得ないような形で大胆に描いているかと思えば、波を描く線は細く繊細(どうやって書いたのかと思うくらい)。
宗達の代表作「風神雷神図」でも、人体を正確に描いているわけではないのに(まあ…風神と雷神は人間じゃないけど(笑)、不思議なリアリティがあり、風神の脚に、めちゃめちゃ一生懸命走っている状態を感じました。雲の向こうから全速力で駆けてくる、まさに突風ですね。
これは実物を見て初めて気づきました。実際に見てみなければ分からないことってたくさんありますね~。

③「美しいもの」への限りない憧れ
琳派はまとまった流派ではなく、私淑によって「点」でつながっているものなので、題材は多岐にわたりますが、共通するのはみな美しいものに憧れているという点。
しかも、それは一般的に綺麗と思われているものだけではなく、実用的な動物だった牛や、田植えする人の姿など、日常的なものにも及びます(「たらし込み」という手法で描かれた黒い牛の絵には、牛の毛並みのツヤの美しさが上手にあらわされています)。
そして、最初に書いた「私淑」。光琳は宗達に憧れ、抱一は光琳に憧れ…というふうに、先人の描いたものの美しさに憧れを持ち、自分の絵にその美意識を反映させています。
さらに、時代を経るにしたがって、絵の具の質も向上し、更に鮮やかなものを描くことができるようになっています。
そして、現代でもなお、それらの作品群は少しも古びることなく、心躍るものであり続けています。
琳派は描く人と見る人の「憧れ」によって命脈を保ってきたといえるでしょう。

P・S この前ゆっくり見られなかった常設展も見るぞ~!と思って行ったら、今回はいつもの常設展の会場(平成知新館)で琳派展をやっていたのでお休みでした…えーん!
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