妹背山婦女庭訓(昼の部)
新年以来ひさびさに文楽を観てきました。
楽しみにしていた作品ですので、今回は幕見ではなく、奮発(?)して昼の部を全部見ました。
今回の「妹背山婦女庭訓」は、一応、大化の改新直前の時代をモデルにしていますが、時代考証にも史実にも特にこだわらなかった江戸時代ならではの自由な発想がおもしろく、また、大切なものを守るため、自らを犠牲にしてしまう人々の切ない思いに涙がこぼれました(ただ、この作品を見たら、やっぱり、入鹿=悪人だと思ってしまう人多数になるだろうな~…悪人でも魅力ある悪に描かれてはいますが)。
あと、猿沢の池や春日大社、少し離れて吉野など、この作品は奈良の観光案内的な面もあったのかなーと思いました。
江戸時代に書かれたとはいえ、地元の人間としては非常に嬉しいです。

とくに見たかった「妹山背山の段」にはすごく感動しました。
この上なく美しい舞台面で、哀しく切なく激しい物語が繰り広げられます。
久我之助はまだ若い(十代?)ながら、男気のある立派な若者ですが、その心映えゆえに、頑ななまでにまっすぐ死に向かってしまうところには若さゆえの憐れさを感じました。
彼と恋をした雛鳥は、領地を巡って親同士が争う間柄。
やはり文楽に出てくるお姫様は情熱的ですね。敵の娘でも、募る思いは激しいです。「おまえの女房じゃぞえ」というセリフに泣きそうになってしまった。
川に隔てられ、入鹿の横暴に隔てられ、彼女もまた八重垣姫のように「翼がほしい 羽根がほしい 飛んでゆきたい」と思っていたのでしょう。
そして、久我之助の父・大判事と雛鳥の母・定高(さだか)の、敵対するがゆえの礼節(これはとても日本的だなと感じました)。
敵同士ではあっても共に巨悪に立ち向かおうとする義の心。
お互いがお互いの命を守ろうとしたがゆえの悲劇に胸が締めつけられます。
見終わった後はすごく心が重いのですが(ホントは夜の部も見たかったけど、三笠山御殿のお三輪ちゃんの悲劇も見たら重すぎて食事が摂れなくなりそうなので、昼の部だけで良かったかも)、それでも感動的でした。

P・S 今回は、見ているうちにふっと人形遣いの方の姿が見えなくなり、太夫一人の声が複数の人々の声に聞こえてくるという感覚を味わいました。人形浄瑠璃なのに、生身の登場人物が演じているように見えてくるんです。それだけ入り込んで見てしまっていたのかも。
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