小説「利休にたずねよ」
もう先月の前半の話なんですが、以前映画で見た「利休にたずねよ」の原作の小説を読みました(先月は「怒涛の四月」で、いろんなことが後回しになってしまい、この感想も今月に先延ばしになっちゃいました)。
映画では回想シーンを除いてほとんどは時系列で進むのですが、小説ではいろんな時期のいろんな利休(宗易・与四郎)が、いろんな人の目を通して描かれています(映画に出てこない人もたくさんいます)。利休本人の目を通して見た描写もあります。
そこに浮かび上がるのは、映画の利休以上に「美」を追求し、時にエゴイスティックに見える利休の姿(時に…というより半分以上エゴイスティックかも(笑))。
今日の茶道の世界では神様のようにあがめられる利休ですが(映画はそのあたりのことも考慮して作られたのかもしれません)、ものすごく「人間」です。優秀であるあまりに、鋭すぎて熱すぎて、切なすぎる男でした。
まだ与四郎だった若い日の悲しい出来事が利休の「美」の原点であり、彼はそれにまつわる「死」にとらわれている…と、映画を見た時には感じましたが、小説では、その悲しみも、死も、「美」のための糧としているんじゃないかと思うほどのエゴイズムがありました。
秀吉が彼に切腹を命じたのも、一言も語らずとも彼の体から発するエゴイズムに苛立ち、打ちのめされ、翻弄された結果なのかもな…と思いました(もちろん、秀吉にも浅はかなところはあっただろうけど)。

静かながら強烈、。研ぎ澄まされていながら激しい。そんな印象がのこる小説でした。
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